その他
2000〜2009
メール、彫刻掲示板等でいただいたご質問への回答です。
質問回答集
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真言について それは観音様や大黒天様への呼びかけにおいて南無観世音菩薩や南無大黒天とありますが、お寺では、真言の言葉として観音様には「オンアロリキヤソワカ」「オンマカキャロリキヤソワカ」大黒様には「オンマカキャラヤソワカ」を言われます。瑞雲様としては、これらの真言をどのように感じられたり思ったりされますでしょうか? 真言は起源はヒンヅウ経以前にあり、神仏への賛美と帰依が真言の意味です。したがって観音の真言を唱えるのも南無観音菩薩と唱えるのも同じような事だと考えます。ただし、真言は梵語の発音が間違っていると効果がないと弘法大師空海はいわれています。お釈迦様は言霊(呪文)崇拝を禁止された時期もあったといわれます。心、口、意(行動)の三つがそろって信仰はなるとされたのが日蓮聖人です。日蓮宗では神仏の前に南無を付け勧請します。 厨子について 厨子の役割についてなのですが、霊験と厨子についての関係を教えていただけないでしょうか。厨子にいれないと霊障が起こるとか、開眼しても魂が離れていってしまうとか、勝手な発想をしてみましたが実のところどうなのでしょう。 厨子は神仏をご安置する入れ物のことで、インド哲学を起源に神仏が 陽なのにたいして厨子という空間は陰という仏界、という見方があります。陰陽合体して万物は生まれるわけですから大黒天さまなどは特に喜ばれます。また、神仏の立場にたって考えると、神聖な厨子の中に迎えられるのを喜ばれるのは人間界に一番近い天部の神仏の人情ではないでしょうか。我々人の立場からすると、あまりに畏れ多い神仏さまを大切にする気持ちの表れでもあります。虫除け、仏像の保存状態を良くするという面もあります。大変な霊験をいただいたという声を聴くことがありますが厨子に祀られている場合が多いです。お寺の本堂や講堂に仏像がそのまま安置されるのは本堂や講堂自体が厨子だからです。 なお、「厨子にいれないと霊障が起こるとか、開眼しても魂が離れていってしまうとか」神仏は間違った行い、不敬をしないかぎり障りがあるということはありません。用はお祀りする人の心、心がけです。 |
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